多少耳を引きちぎる話

ネットで拾った一言いいたいネタを吐き出すブログ

人種差別か被害妄想か

高い鼻を顔にくっつけて白人のマネをすると白人が怒りだし、皮膚を黒く塗りつぶして黒人のマネをすると黒人が怒りだし、目を吊り上げて東アジア人のマネをすると東アジア人が怒りだします。

どれも本人達がコンプレックスに感じているからこそ差別だと過剰反応するだけで、客観的に見ればただの身体的特徴という事実です。

 

 

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そして人種差別よりも白人は白人同士、黒人は黒人同士、アジア人はアジア人同士の方がよっぽど互いを罵り合っています。ちなみに韓国・中国から見れば日本人は南方系の「野暮ったい」顔立ちが多いと認識されています。歴史上東アジアで最も文明が進んでおり影響力を持っていたのは常に中国だったので、それ以外の東南アジアや南方系の顔立ちは「文明の遅れた野暮な人達」のイメージでもあるのです。実際に容姿に求める美醜の価値観も日本とは違います。

欧米が他の国に対して抱いている感覚も同じです。例えばヨーロッパ出身の人が当たり前のように英語でコミュニケーションが取れるのに対し、いつまでたっても上達しないアジア人は「欧州より基礎教育が遅れている=どの分野においても欧米人と同じレベルで主張できない人達」というくくりに入ります。実は英語がどのくらい話せるかは学歴の指標にもなってしまいます。確かに私が知る限り英語をコミュニケーションに支障のないレベルで話せるアジア人は全員大卒でした。日本のように金さえあれば誰でも大学に入れる環境ではないため本当に大学レベルの教養を持つ人しか大学には行けないのでしょう。

外資系企業で日本人の意見が採用されなかったり昇進できないのは人種差別だ」と主張する日本人を見かけますが、欧米人と比較して圧倒的にプレゼン力が欠けており説得力が無いことに自分で気づいていないだけです。プレゼンは情報の裏付けや不確定要素の明示など構成自体の完成度もさることながら、声の抑揚、表情、目線、姿勢や態度まで総合して信用度が評価されていることはご存知でしょうか?単なる情報の発表の場ではなく演出まで気を配る余裕を見せることで自分の主張に対しどの程度自信や確信があるかも伝わるのです。

更に「これは差別だ」という主張に対し「西洋人は日本人の有能さを恐れているんだ」という都市伝説じみたコメントをしてしまう日本人が散見されるあたりその教育レベル差は歴然としています。正直手の付けようがありません。

同様に「英語さえ話せれば金髪美女を落とせる」という思い込みもよく見受けられますが実際に足りないのは語学力だけでなく機知に富んだユーモアセンスです。現地で職を持てる語学レベルの方でユーモアを会得した女性は見かけるのですが、未だに男性は一人も知りません。絶対数が少ないだけでどこかにはいるだろうと信じてます。

アジア文化圏で育ったアジア人は表情に乏しく、相手の表情変化に鈍感な点も評価に影を落としていると思われます。コミュニケーション能力の高さは知性の高さでもあるのです。アメリカ人がやたらポジティブなのは能天気だからではなく、社会性は知性であり成功と結び付けられて評価されるからです。社会問題に対する公正かつ批判的な態度ならまだしも、いつもしょうもない愚痴ばかり垂れている人は自身の小さな問題にさえ対処できない無能と見なされます。

 

 

 

ところでネットでドイツのとあるCMがアジア人女性蔑視だと話題に取り上げられていました。


アジア人女性が白人男性の下着を自販機で買い臭いをかいでる描写が問題になったようです。

このCMを制作したHornbach社の主張を見ると「汚く対価の支払われない屋外作業に従事している男性」に対し「その男性らしさを認めて評価してくれる女性」の存在を描くことで庭仕事にポジティブなイメージを持たせることが目的だそうです。

 

実はこの手法は日本のCMでもよく見られます。例えば「かっこいい車に乗っている男性」を評価する若い女性がさりげなく描写されていたり、カミソリや男性用化粧品の広告ではモデルの男性に寄り添う若い女性の姿があったりします。これらの広告に共通するのは「この商品を購入することであなたはトロフィーとしての女性を得られますよ」という割と頭の悪そうな人しか引っかからなさそうなメッセージです。見かける度に単純思考のおめでたい連中もいたものだなぁと先が思いやられます。

さて、それではこのCMにおいて「男性に価値を見出し評価してくれる」トロフィーとして描かれている女性を見てみましょう。

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こちらの女優さんには大変失礼ではありますが、現代のアジアではどこに行けば見つかるのかわからないコケシのような髪型、半世紀前から時代の移り変わりを感じさせない化粧、そしてアジア人の感覚であれば決して「トロフィー」として認識されるとは言い難いと思われる年齢と体型です。

アジア人は何に怒り狂っているかというと、このCMに出てくる野良仕事をしている男性が「小汚いおじさん」であったからだと思います。これがもしジェンセン・アクレスやジェレミー・ミークスであったならばアジア人女性どころか世界中の女性が自販機に殺到したと思われます。小汚いおじさんだから批判されたのです。

 

でもよく考えてみてください。言い方は非常に失礼なことを先にお詫びしますが、このCMで小汚いおじさんが労働の対価として得られるトロフィーとして選ばれたのがコケシのようなおばさんなのです。つまりドイツではこのコケシのような髪型をした中年女性が魅力的なトロフィーとなりうるのです。

 

ドイツ人はこのCMを「面白い」と評価しているそうですが、正直私もドイツ人とは別の意味で笑うところしかないと思っています。

 

更にこのCMで蔑視されているのは実はアジア人男性であることに誰も気付かない点も笑わされます。これは東洋の女性が西洋人の男臭い汚い下着に金を払うほど「男らしさに飢えている」描写でもあるのです。実は白人に群がって来るアジア人女性を見て白人男性達は「俺は本当はモテる男だったんだ!」と勘違いしているわけではなく、「アジアではよっぽど俺よりマシな男がいないんだな」と考える人が一定数います。なおこのCMがアジア人女性蔑視であると抗議活動を始めたのは韓国人男性だったそうです。ここでも発想の違いに驚かされます。アジア人男性の頭の中では常に蔑視される対象は女性であり男性が対象になるとは夢にも思っていない人がほとんどなのです。「男である自分が差別を受けるなら女はもっと差別されているはず」と考えるのが標準的なアジア人男性です。

 

 

ではその他のアジア人女性が登場しているCMも取り上げてみましょう。


こちらに出てくるアジア人女性は魅力的な男性を誘惑するために「下着を見せつける」という発言をしています。

こちらの方がよっぽどアジア人女性蔑視として騒がれそうな内容な気がするのですが、相手が若くハンサムな黒人男性だから炎上しなかったのでしょうか。ちなみに「男性に下着を見せつける」という発想は以前から欧米のフィクションに出てくる描写であり特別アジア人女性蔑視的な意味が込められているわけではありません。

 

白人男性がマヌケに描かれているCMだっていくらでも存在します。こちらもドイツのCMです。


大人のドイツ人男性がたどたどしい小学生レベルの英語で深刻なミスをおかします。

これが他の人種だったら差別として大炎上でしょうが、これがドイツの、白人の、男性であるからこそ皆が楽しく笑うだけのCMになったのです。ちなみに自信がなく主張できなかったりおどおどしている人間は白人男性であってもよくイジメやカツアゲの対象にされています。白人男性は白人男性を蔑視しないと思ったら大間違いです。

 アジア人はどうも同列横並び意識を持ちやすいので「特定の人種の人達が束になって自分達を差別している」と感じやすい気がします。差別しているのは個人であって特定の人種グループ全体ではありません。そして白人男性に限り彼らが普段白人男性同士で行っている嘲笑や攻撃を他の人種に誤爆してしまうと「人種差別」が発生します。面白い世の中ですね。

 

 

HornbachのCMを取り上げた記事の中には「アジア人女性は日常的に差別を受ける」「公園で体を触られた」という記述も見かけました。

 

私がヨーロッパの公園で西洋人男性にされたことと言えばスケッチをしていたら子連れで犬の散歩中だった父親とおぼしき男性に「いい絵は描けた?」とさわやかに話しかけられたことくらいです。どちらかといえばこういう経験をする人の方が多いでしょう。悪い出来事の方が記憶に残りやすいのです。基本的に夜間に公園にたむろしているのは売春婦なのでその時間帯に公園を歩いていたら値段を聞かれたり体を触られると思います。それと失礼ではありますが「アニメが好き」という理由で日本人に寄って来る外国人はオタク仲間を探しているだけだと思われます。つまりあなたもオタクだと思われています。

確かにチャラそうな若い男性が声をかけてくることもありますが、スルーしているので結局本当に怪しい人だったのかすらわかりません。コツはさも相手がそこに存在しないかのように、見えない壁で別の次元にいるかのように、聴覚障害があり言葉が聞こえていないかのように表情一つ変えず通り過ぎることです。仮に相手を見てしまったとしても「今何か独り言いってたのはあの人かな?」「私の後ろに誰かいてそっちに話しかけてるんだな」という表情をしてスッと目線を進行方向に戻せば誰もがそれ以上のコミュニケーションを試みる意志を砕かれます。「相手の存在に気づいているけど無視」するのではなく「そもそも相手の存在に本気で気づいていない」と伝えるのです。

出会いを期待してクラブにでかけたりマッチングサイトに登録することもないので妙な厄介事には巻き込まれません。女性はもっと冷静に考えましょう、そんなところにいるのは万国共通まともな男ではなく体目的が大半です。男性の皆様も昨今は「このアプリで簡単に女性が落とせた!」「この方法で女を落とせる!」等あることないことを並べ立てアフィリエイトで大儲けしている人達がいることを知っておいてください。これらの男性にとって下心満載の男性はただのマヌケなカモです。アフィリエイト自体は仕事の多様性が広がっていいシステムだと思いますが、集客さえできれば内容は問わないゴミ記事が毎日量産されていく点は残念ですね。

私は目の細いタイプのアジア人ではないので東アジア人と認識されたことがありませんし、日本人だと思われたこともありません。イギリスのアッパーミドルの男性と話した時は「目の細くない日本人」がいることが信じられずなかなか日本人だと認識してもらえませんでした。白人社会から出た事のない白人はそんなものです。彼自身は目の細い白人男性で子供の頃「アジア人」とよくからかわれたそうです。

私は自分が「アジア人女性」としてひとくくりにされていると感じた事もありません。そもそも「女性」全般のステレオタイプから逸れているようです。相手の興味に関心を寄せ相手のレベルで話しさりげなく相手を肯定すれば誰でも簡単に味方になります。おそらく対等に話せる相手として同化することで「自分と同じ人権のある相手」と見なすのだと思います。そんなことは人種問わず誰でも日常で無意識にやってます。欧米社会は個を持たない人間は対等とは認識されず適当にレッテルを貼りつけられるものです。逆に日本のように個を持たない人達の方が多いと個を持っている人がレッテルを貼られやすいようですね。

そして実際差別でも何でもなく、経験上どの人種・性別グループと比較しても白人男性が一番知識・教養がある人に遭遇する確率は高いです。やはり義務教育の時点で教育の質に差はありますし、教育にかける費用も違いますし、女性は自分や身の回りに関心が向きやすく男性は社会に関心が向きやすい点も影響していると思います。

 

相手と同じ目線に立って初めて相手と同じ景色が見えます。案外私達が差別だと感じている事柄はただの被害妄想であることが多いのではないでしょうか。